「英文開示実践ハンドブック」を読んで ~より良い英文開示に向けて~

2022年10月26日 更新

乙藤 貴弘 

東京証券取引所から2022年9月22日に「英文開示実践ハンドブック」がリリースされました。
これは東京都が2017 年に策定した「国際金融都市・東京」構想の改訂を行い、2021 年11 月に、「『国際金融都市・東京』構想2.0」を公表し、国際金融都市・東京の地位を確立するためには、金融関連プレイヤーの集積や活動に加えて、東京に立地する多様な企業が、その魅力を英語で海外に発信することや、IR 活動を通じた東京への投資の呼び込みが重要であるとの考えから、その一助とするために公表したものです。
 実際、上場企業の英文開示率は年々上昇しているものの、適時開示資料の英文開示実施率は2021 年12月末時点において、旧市場第一部で3割程度、プライム市場選択企業でも4割程度に止まっています。日本の証券市場において、海外投資家は、株式総売買金額の約6割、株式保有比率の3割を占める重要な投資主体であり、上場会社が海外投資家にアクセスするためには、英語での情報開示を欠かすことができません。特に、2022 年4月にスタートした東京証券取引所のプライム市場は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向け市場であり、プライム市場上場会社は、積極的に英文開示を行うことが期待されています。
このような状況を踏まえ、都は、本構想に基づき、官民連携金融プロモーション組織である一般社団法人東京国際金融機構(FinCity.Tokyo)と連携し、優れた技術や製品を有していながら英語による情報発信が困難な企業に対して、英文開示に係る助言やIR資料等の英語翻訳等の支援を行う取組をスタートさせました。
 企業からは、英文開示に踏み込めない理由として、英文開示にかかるノウハウの不足や事務負担の増加懸念など英文開示についての知識が不足しているとの声が多くあります。
 本ハンドブックは、これらの企業が参考とすべく英文開示に関する計画の立案から実践的な英文資料作成のプロセスやポイント、効率的に英文開示を進めるための機械翻訳の活用など、英文開示に関するノウハウが詰め込まれています。
特に、現在、英文開示を検討中の会社や英文開示を始めたばかりの会社、もう一段上のレベルの英文開示を考えている会社にとって、とても有意義なものとなっていますので、個人的に特に有意義と感じた点を簡単に説明していこうと思います。

まず第1章には、英文開示実施に向けた計画の作り方が述べられています。
 現状の英文開示は、①決算短信、②株主総会招集通知(通知本文)、③IR説明会資料、④適時開示資料(決算短信を除く)、⑤CG報告書、⑥株主総会招集通知(事業報告)、⑦有価証券報告書の順に多くなっていますが、適時開示資料(決算短信を除く)と有価証券報告書などは海外投資家のニーズに応えられていない状況が見て取れます。
 したがって、これら海外投資家のニーズを理解し、そのニーズに一定程度合致した書類を優先的に開示する方向で検討することが望ましいと思われます。
しかし、会社によっては十分なリソースが無く、いきなり有価証券報告書を英文にして公表するのはハードルが高く、検討段階で断念してしまうかもしれません。そういった会社には、本ハンドブックには比較的難易度が低い財務情報から難易度の高い開示資料までの、難易度が容易に理解できる図表(図表3 英文開示書類分類チャート)がありますので、こちらを参考にしていただくと、どの書類から始めてどの書類を追加していくかを決定する一助となるはずです。

第3章では機械翻訳を利用する場合の留意点を述べています。
ここでは機械翻訳の能力、それを踏まえた上での使用上の留意点及び上手く利用するコツが書かれています。ちょっと英文開示からは話が逸れますが、たまに海外とメールのやり取りをする私が実践している機械翻訳の方法を述べてみたいと思います。
まず、私見ですが、某Gの機械翻訳の精度は日々進化しており現状の英語への翻訳は概ね問題ないレベルにあり、正確性の面での信頼性はありそうです(それはちゃうやろ!ていうのもたまにはあります)。特に契約関係の翻訳は精度が高いと感じます。
私はまず英文で草案を作成し、ある程度長い文や表現が微妙な文は機械翻訳に掛けて日本語にしてみます。(この時、会社名等の固有名詞は「ABC」等に変換し、数字も「1」に置き換えます。情報漏洩を防止する為には必要不可欠な作業です。)機械翻訳に掛けて日本語に翻訳することで英文のスペルチェックができますし、自分が伝えたいことが表現できているか、必要な情報を織り込めているかを確認します。また相手が理解しやすいように不要な情報は削除し簡潔な文にします。日本語のメールでもそうですが、英文で作成した場合、英文を作ることに懸命で自分の持っている情報を所与としてしまい相手がその情報を持っていない場合や判断するには不必要な情報等が混ざっている場合は、相手が正しく理解できず返信が来なかったり、返信が遅延することが(よく)あります。欧米とのやり取りの場合は時差がありますので、1つの情報を提供しなかったために丸1日時間をロスすることにもなりかねません。特に期末監査の時期ですと心配で夜も眠れなくなります。こうならないために情報を加除し再度文案を作成し、日本語訳が容易に理解できるまで繰り返します。日本語訳が容易にできれば、世界各国で使っている表現は違うところもありますが、間違いなく先方に正しく理解させることが出来ると信じています。一見時間がかかってしょうがないと思われるかもしれませんが、これによりメールの内容に関する無駄な問い合わせを無くし、返信の為に再度英文メールを作成するということが無くなります。事実、私がこの方法で対応するようになってからはメールの内容に関する問い合わせは無くなりました。英文メールのやりとりの時間、労力を減らしたい方で参考になったと思われる方は是非実践してみてください。

あとハンドブックにはない点を捕捉させていただくと、機械翻訳では会計用語は正しく翻訳できないことが多くあります。会計に関する開示を行う際には、現行の会計基準(IFRS等)の単語・表現を使って開示することが望ましいですが、これはなかなか難しいようです。初めて使用する単語・表現等はIFRSの原文を参考にするのがよいでしょう。

最後に、参考のために金融庁が、英訳した有価証券報告書を自社ウェブサイト上に掲載している企業の名称および当該ウェブサイトへのリンクの一覧表を、EDINETに掲載していますので、リンクを貼っておきます。
EDINET (edinet-fsa.go.jp)
https://disclosure.edinet-fsa.go.jp/EKW0EZ1001.html?lgKbn=1&dflg=0&iflg=0

みなさまの英文実務の一助となれば幸いです。

以 上