インパクト加重会計

2022年08月26日 更新

松渕 敏朗

2022年7月17日の日経新聞朝刊で大企業の非財務情報を来年度から開示するとの見出しの記事がありました。記事を援用すると「各国では地球温暖化への対策や環境負荷の低減への取り組み、社会問題への対処などで企業への投資を判断する例が目立ちます。人的資本への対応も企業を評価する重要な指標です。首相は自身が掲げる「新しい資本主義」でこうした施策を重視する」とあります。政府の非財務情報の議論は、内閣官房「非財務情報可視化研究会」の「基礎資料(令和4年3月7日)」の中に記載があり、興味持って調べてみました。非財務情報可視化研究会は、具体的な非財務情報の開示ルールの策定と、企業や経営層に向けた開示の必要性や指針を示す目的として、2022年2月から内閣官房内で定期開催されています。基礎資料は、フレームワーク、財務・非財務、媒体、開示項目、IR等の項目があり、IRの中に人的資本に関連するインパクト加重会計の紹介がされています。持続可能な社会の構築に向けて企業の果たすべき役割は拡大しており、非財務情報を可視化する手法として、ESG(Environment(環境)Social(社会)Governance(ガバナンス)を組み合わせた言葉で、2006年、当時の国連事務総長コフィー・アナン氏が発表した「責任投資原則(PRI)」の中で、投資判断の新たな観点として紹介された概念)という新しい視点が、社会に貢献する企業を適正に評価する手法の事例として紹介されています。
インパクト加重会計とは、アメリカのハーバードビジネススクールのセラフェイム教授らが提唱している新しい会計手法であります。ここでいう「インパクト」とは、企業が社会や環境にもたらす影響を指し、インパクトを金銭価値に換算して評価することにあります。財務会計上の利益だけでなく、企業のもたらす「インパクト」を財務諸表へ組み込むことを指向しています。従来の財務会計では、企業活動によってもたらされる「利益」が算出されますが、インパクト加重会計ではより幅広いステークホルダーに影響を与える「インパクト」を測定します。
「基礎資料」の中で製薬会社エーザイの雇用のインパクト会計を紹介しております(エーザイ価値創造レポート2021)が、エーザイは2019年度に611億円の利益(EBITDA:金利・税金・減価償却前利益)、従業員への給与支払い合計額は358億円であり、雇用する従業員へのインパクトは335億円、労働者コミュニティーへのインパクトは▲67億円としています。これらを合計したものが同社の雇用インパクトであり、雇用に関連して269億円の価値を創出していると計算しています。そして、雇用を通じた社会への価値貢献を利益に加算すると、EBITDAが44%増加するとしています。株主へ報告の観点からは人件費は単なるコストでありますが、社会へのインパクトの観点からは269億円利益と捉えています。同時に同社はレポートにおいて人件費、研究開発費を投資と見做し、従来の営業利益に足し戻した数字を「ESG EBIT」と定義し、ESG VALUED BASED 損益計算書を開示しております。柳CFOのコメントの一部を抜粋すると「過去5年を振り返ると、エーザイの営業利益は500億円レベルから1,200億円レベルと振れ幅が大きいのですが、ESG EBITを計算すると3,000億円台で大きくは変わりません。(中略)見えない価値を訴求するなら、ショートターミズムに陥らず、患者様や人財への長期の投資を評価しなければなりません。・・・」と言及されています。
現在の有価証券報告書では、非財務情報はどちらかと言うと財務情報を補足するものとして捉えていますが、インパクト加重会計の観点から財務数値に換算することで既存の財務情報に同換算数値を加減して、別の利害関係者の視点からの利益等を計算できます。また、非財務情報は既存の財務諸表には数値化されていませんが、エーザイの「ESG EBIT」のように企業価値の評価も変えるものだと思います。ただ、非財務情報は、定性的なものであったり、定量化されていても企業価値との関連性がわかりにくい情報であったり、そのままでは外部のステークホルダーが活用することはできません。そこで、様々な非財務情報をもとに、財務会計上の利益やコストとみなされない価値を金銭価値に換算して評価し、様々な利用者の観点からその用途に応じて財務数値に加減する試みがこれからの非財務情報可視化のフレームワークの方向性でないかと思います。

以 上