最近の会計不正事例と対応

2020年04月07日 更新

中村 匡利

読者の皆様もご承知かと存じますが、新聞や会計専門誌等で、不適切会計処理の発生を開示した上場会社が相次いでいると報道されています。東京商工リサーチの発表によれば2019年は70社、73案件で前年比29.6%増、2008年以降最多とのことです。
2020年に入ってもすべてが不適切会計処理関連ではありませんが、2020年3月31日時点で第三者委員会設置を開示した上場会社は23社となり、年間約90社ペースで推移しています (http://www.daisanshaiinkai.com/2020/)。子会社での発生、資産不正流用、相変わらずの売上架空循環取引といった事例が見られます。あまり見かけない回収不能貸付金の回収偽装及び当該回収に関連した不可解な取引という事例もあります。発覚経緯はやはり税務調査等での指摘、会社内外よりの告発が多くなっていますが、内部調査や監査過程での指摘による発覚事例もあります。
 不適切会計処理の発覚件数増は、監査人による発見増、内部統制、内部通報等関係者のコンプライアンス意識の向上の成果と見る向きもありますが、ほぼ全件が過年度を含む案件のため監査が十分に機能していない憂慮すべき状況と考えられます。こうした状況に対して関係機関等は以下対応しています。
興味深い対応については、私見を述べつつ説明させていただきたいと思います。
 2020年2月14日付日本公認会計士協会会長声明「最近の不適切会計に関する報道等について」
 不適切会計報道・情報開示の監査業務への考慮事項の再確認等を促す
 2020年2月20日付日本公認会計士協会会長通牒「「担当者( チームメンバー) の長期的関与とローテーション」に関する取扱い」
 時価総額概ね5,000億円以上の社会的影響度が特に高い上場会社のみ対象
 2021年4月1日以降開始年度より監査補助者から連続して業務執行社員に就任する場合、業務執行社員としての関与が、公認会計士法又は独立性指針上の最長関与可能期間を経過していない場合であっても、関与期間合計10年超の場合には、関与を継続することが適切ではないと判断することがあり得る取扱いの適用開始の旨
 2020年2月25日開催衆議院予算委員会第一分科会自由民主党議員が不適切会計の増加要因等について質問
 不適切会計開示上場企業数の増加の現状・背景や要因等、監査の固有の限界の投資家への周知、不適切会計の経営者への制裁強化、ファーム・ローテーション等について質問
 金融庁企画市場局長及び内閣府副大臣が引き続き注視したい旨等答弁

会長通牒は、監査人の独立性を確保したうえで「新たな視点(フレッシュアイ)」での監査と監査対象会社に対する「十分な知識と経験」を活かす高品質の監査実施を目的とするチームメンバーローテーションの取扱いが必要とされています。確かに監査業務の現場において「新たな視点」は非常に重要で、経験を積んだ会計士が新たに監査チームに加わると、これまで何となくスルーしていた事項につき改めて質問され、見逃していた問題点が判明することがあります。過年度遡及に関する重い課題を負う場合もありますが適正化のためにはやむを得ません。確かに監査対象会社に対する理解には一定期間を要すため、頻繁な監査チームメンバーの交替は非効率的であり、人員確保も課題のため会長通牒はかなり限定的な適用範囲とされています。
監査人は、全ての監査チームメンバーが常に「新たな視点」を有することが理想的ですが、会社および事業環境理解のために会社とコミュニケーションを重ね、会社の理解を深めると、監査人は会社側の視点に影響を受けがちとなります。私見ですが、監査の人的資源との兼ね合いもありますが、高品質な監査実施のためには業務執行社員ローテーションに加え監査補助者のローテーションも必須の方針ではないかと考えられます。以前は監査対象会社にとって同じことを何度も聞かれるため、チームメンバーのローテーションは避けてほしいという要望がクライアントからありました。しかしながら、会社担当者自身も監査人からの質問対応により理解が深まる、新たな問題点に気付くというメリットがあることを理解し対応いただく必要があると思われます。
衆議院予算委員会での質疑はこれまでにも議論されていた事項であり、あまり具体的な答弁はされていませんが、会計監査への「期待ギャップ」解消に向けた金融庁の対応に関する踏み込んだ質問です。不適切会計事案においては監査品質に問題があるケースも多い一方で、監査以外による発覚が多く、海外子会社不正、経営者不正、複数取引先共謀書類改竄による場合には、監査での発見がまず困難な事例も多くあります。求められる監査品質を詳細に定義することはできないため、監査人の責任の有無の判断は常に困難です。一方で監査事故の発生以後の監査人の重い責任だけでは、監査業務の魅力減、監査従事者減という監査業務そのものの存亡の懸念も感じられます。AIで監査業務をカバーという発想もありますが、監査手続には限界があることの理解をさらに広め、不適切会計に手を染める経営者の制裁強化は有効な方策と思われます。徒な監査人の責任軽減は論外ですが、監査インフラの維持継続のためには、あまりに厳格な監査人の責任追及はマイナス要因となるためバランスを考慮した取扱いが必要と思われます。
加えて、監査人と投資家との対話機会を増やすという対応も有効と思われます。監査報酬は監査対象会社より受取りますが、本来の監査クライアントは投資家・株主です。本来の顧客と報酬負担者が異なる点も、古くから問題視されている監査の構造的な課題です。監査業務において監査対象会社からの精神的独立性をさらに高めるためには、監査人にとって本来のクライアントである投資家を常に意識すべき目に見える存在とする方策も必要かと思います。
監査で発見できない事項が税務調査や監督官庁の検査で発見できるのは、税務調査等の期間長期設定・対象を限定したピンポイント調査・取引先への反面調査がいずれも可能でありこと、調査等対象会社より直接的に報酬収受せず全く利害関係が無いといった事情によるものと考えられます。残念ながら、現行制度内で税務調査等のこうした利点を監査業務に活用することは不可能と思われます。しかしながら、監査で発見できない事象がなぜ税務調査等で発見できるのか何か改善策はないのかと事例分析を進め、監査手続を改善する取り組みは必要と思われます。

2020年3月期決算監査業務が本格化する時期となっています。法令改正、監査基準改訂等監査品質に関する多くの対策が講じられていますが、残念ながら不正会計を意見表明前に発見できないという監査品質に関する問題が完全に解決される兆しは見られません。一昔前に比べ、監査手続は驚くほど進化していますが、経済変化のスピードはさらに速く、会計不正の方法も多様化・進化・巧妙化しています。
今更申し上げるまでもありませんが監査人は
 常に責任感と緊張感を保持し、果たして本当にその手続きで会計不正を発見できるのか自問自答しながら業務にあたる。
 監査対象会社の方に対して適切十分な「監査の指導性」を発揮して、企業価値向上のために高品質の監査が必須であることを十分ご理解いただきご対応いただく。
 問題があれば監査対象会社の方から隠さずに情報を共有させて頂き、監査人は独立しつつも協力して解決に当たる。
といった対応が必要です。監査手続は期末だけではないことは言うまでもありませんが、重要手続が集中する期末は特に意識すべきと思われます。
監査対象会社の皆様におかれましては、監査人と十分なコミュニケーションを図った上、監査の重要性を十分ご理解いただき、必要な監査手続を十分かつ適時に実施できるよう引き続きご協力くださいますようよろしくお願いいたします。

以 上