株式価値算定業務において

2018年02月02日 更新

高鷹 悟

国内成長の鈍化という企業を取り巻く環境変化に伴い企業各社においては経営資源の選択と集中、コア事業に関連した事業領域の拡大・業界再編が急務となっており、そのソリューションの一つとしてM&Aという選択肢を採用する企業が増えており、それに付随してM&Aに関連した仕事も増加傾向にあります。M&A業務に関与するにあたり、対象会社の買収価格をいくらとするかは、M&Aプロセスにおいても重要な一局面であり、その検討においては悩みどころの多いところでもあり、当該業務の面白いところでもあります。
本コラムにおきましては、エンタープライズDCF法での割引率(CAPM理論に基づいたWACC)の重要要素の一つであるβ値について、私見ではありますがお話をさせていただければと思います(株式価値評価のアプローチ手法には、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、アセット・アプローチの3つの評価アプローチが利用されることになりますが、継続企業を前提として、対象会社が将来獲得すると期待されるキャッシュ・フロー(または利益)を対象会社のリスクを織り込んだ適切な割引率で現在価値に割り引くことで企業価値を評価するインカム・アプローチが、企業価値評価の実務では用いられることになりますので、本コラムにおきましてはインカム・アプローチの中のエンタープライズDCF法を前提とさせていただきます)。

ファイナンス理論を学んだことがある方やバリュエーション業務に従事したことがある方にとってはβ値の説明は釈迦に説法の言わずもがなかと存じますが、改めて説明させていただきますとβ値とは、マーケットポートフォリオの収益率の変動に対する評価対象企業の収益率の感応度を意味しております。
上場会社のβ値を算出する場合には、Barra β(Barra社が算出しているβ値で、過去の株価だけから直接的に算出せず、株価以外で対象企業に影響を与えると想定される各種経済変数を用いて同社が推定するβ値)が入手可能であれば、それを用いることが望ましいとされていますが、個別情報を入手困難かつ利用者側において説明が難解であるとのことから、実務上は、過去の株価からβ値を算出(ヒストリカルβ)されるケースが多いと思われます。具体的には、マーケットモデルを用いて、マーケットポートフォリオのリターンを説明変数、評価対象企業のリターンを被説明変数として回帰分析を行うことによりヒストリカルβを算出していきます。
実務上、ヒストリカルβは、Bloomberg社の端末からβ値を取得し、それを所与としてバリュエーションが実施されるケースが多く、β値の算出にあたっての諸要素をあまり意識しないレポーティングが散見されますので提出されたレポートのβ値がどのように算出されているのかを実際に手を動かして検証してみるのも面白いと思われます(※Bloomberg社のβ値は回帰分析から算出したβを将来βに修正するための修正βが用いられておりますが、本論点は割愛させていただきます)。
β値の算出にあたっての測定期間は、回帰分析を行う関係からデータ数は多い方がよりよく、かつ長期間のデータを取得することにより算出されることが望ましいという一方で、あまりにも長期間とするとその間に対象会社のリスク特性を変えてしまう可能性が高まるとの理由から、月次ベースで5年程度のデータを取得することが多い状況にあります。また、マーケットポートフォリオも説明変数に関しても、TOPIXを採用するのか日経平均を採用するのかにより、算出されるβ値は変わってくるためマーケットポートフォリオに何を用いているのかに着目してみるのも面白いかと思います(実務上では、TOPIXが採用されるケースが多い)。なお、これらに唯一無二の答えは存在していないため、対象会社・対象取引の特性・内容を踏まえて適切なものを採用することがバリュエーション実務において必要となってきます。

上場会社のβ値とは異なり、非上場会社のβ値の算出は当然に過去の株価データが存在せず、直接的に算出することができないため、類似上場会社のβ値を用いて推計することとなります(株式価値算定業務では、このケースが圧倒的に多い)。
具体的には、(複数の)類似上場会社のβ値(レバードβ)を負債がない場合のβ(アンレバードβ:100%株主資本で資金調達がなされた場合のリスク水準に対応したβ)に調整し、その平均値(ないし中央値)を求め、それを評価対象会社(ないし業界標準)の資本構成を見積り、当該資本構成に基づいてβ(リレバードβ)に再調整されることになります(文字におこすと複雑ですが、計算自体はExcelを用いて容易に行うことができます)。
非上場会社のβ値算出での論点の一つが資本構成の見積りであり、実務上では業界の平均株主資本比率を用いる方法と算定される企業価値の株主資本価値が、WACC計算の前提としている株主資本価値に一致するまで循環計算を用いる方法の2つの方法のどちらかが用いられていますが、後者の循環計算を用いる方法の方が、結果として算出された株主資本比率が、算定された株主資本価値と負債価値の金額と一致していることから、計算上は最適な値であるとされ、実務上でも循環計算でWACC再計算および株式価値評価が算出されるケースが多いように思われます。

紙面の都合上、株式価値算定業務における一構成要素であるβ値のみに着目した内容ではありましたが、DCF法におけるそれ以外の構成要素(規模リスク、マーケットリスクプレミアム、流動性ディスカウント、リスクフリーレートなど)にも様々な論点があり、それぞれ何をどのように適用していくのかなど非常に奥の深く、かつ興味深い世界であるとともに仕事をする上においてはいつも頭を悩ませます。

以 上