事業買収仕事でのあれこれ

2017年03月15日 更新

                                                                             杉山 一雄

企業規模を拡大したい、今の事業は将来性がないので別の事業を立ち上げたい、海外に進出したい等々、それぞれの環境におかれた企業の事業戦略のなかで、企業買収あるいは事業買収という手法がその方策として検討されます。
 事業買収に関与しながら、当然に買収の成功を祈りながら作業を進めていくわけですが、そのプロセスのなかで、頭を悩ませる場面がいくつかでてまいります。

● 買収の成功って、事業を買えたこと?
『「いくらでもいいからとにかく絶対にまとめろ。」とうちの社長から言われています。』と社員に厳命が下されているケースに出会うことがあります。買わないという選択肢がない場合、買収に関与するチームメンバーもできるだけ客観的に買収ターゲットを見極め、高値掴みをしないように厳しい交渉を重ねていく、納得いかない場合には買収交渉を中断するという判断をすることがなかなか難しくなってしまいます。
果たして、買収の成功というのは、譲渡契約が締結でき、無事に事業の取得が行われることを意味するのでしょうか。

あくまで、事業の取得は、スタートでありゴールではありません。投資金額が将来のキャッシュ・フローによって回収できない水準で合意されてしまっては、企業の継続に貢献するどころか、事業買収によって、企業の存続が脅かされる事態に陥ってしまう可能性も否定できません。
デュー・ディリジェンス(買収調査)をきちんと行い、自社が算定したバリュエーション(事業評価)結果と売り手側の譲渡希望価額に大きな差異が生じている場合には、交渉の中断ないし中止という選択肢もありえることを認めてもらうことが、事業買収チームのメンバーにとって、買収プロジェクトを成功に導くうえで必要になるでしょう。

● シナジー
買収後にターゲット会社において利益がでていることで満足している場合がみられます。その利益水準というのは、買収の際にバリュエーションで使用された予想利益(事業計画)と比較して、果たして十分大きいのでしょうか。
買収は、基本的には、将来の利益(将来のキャッシュ・フロー)を予想して、それを現在の価値に置き直して事業価値を算定し、買収金額の交渉をします。仮に、予想利益に基づき算定した事業価値で譲渡金額が決定されたとしましょう。そうしますと、将来獲得できると予想した利益は、実は、譲渡代金としてすでにその対価を支払っているということが忘れられている場合があります。また、株式譲渡のケースでは、個別決算上、株式取得価額は買収会社側、損益はターゲット会社側で反映されているため、事業価値評価に使用した予想利益を下回っていたとしても、ターゲット会社の売上分だけ増収し、黒字になっているというみかけの状況に満足してしまう場合があります。

買収の成果として、シナジー効果という用語が用いられますが、垂直展開、水平展開と買収ターゲットの事業取得により、買収時点よりどれだけ大きくすることができたのかという点が買収成果の評価であり、あらかじめ評価の仕方を決めておく必要があります。
買収の成果は、ターゲット会社の損益にだけ反映されるとはかぎりません。投資側の事業が拡大するケース、双方でコストが軽減できるケース、人材の交流、技能・技術の共有、いろいろです。買収成果を正しく評価するには、どこに影響をもたらしているかを知る必要があります。少なくとも対価が支払い済みである予想利益を上回る買い手の利益を享受できるよう、事業の展開を図っていく意識が必要です。

● 減損リスク
多くのケースで、買収のターゲットとなる事業の評価に、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)が用いられています。将来の利益(将来のキャッシュ・フロー)を予想して、それを現在の価値に置き直す評価方法です。その評価資料が、のちのち、投下した資産の回収可能性の検討資料として用いられることになります。
買収後、使用した予想利益と実績利益との比較が容易であるため、これが大きく乖離してしまうと、投資金額の回収可能性に疑義が生じ、減損の検討が求められることになります。時には、買収する純資産の持分所有分と投資額との差額が単純にのれんだと誤解されていることがあります。そういうケースでは、まさに高値掴み、すなわち、将来の利益で根拠づけられない部分の投資金額が生じ、買収した時点ですぐに、その資産性についての問題が提起されてしまいます。

● 表明保証
表明保証とは、買収取引に関連して、買収ターゲットの内容、すなわち財務や法務等に関する一定の事実について、真実かつ正確であることを契約書等に記載するものであります。
特に買収ターゲットが抱える負の情報等が契約後発覚し、買収取引が振り出しに戻るということがないように、買い手は事業評価にあたって知りたい情報を、特に事業評価を下げるかもしれない情報を売り手に表明してもらい、売り手にとっては、それを知ったうえで買うわけであるから、あとからそこに文句を言わないでくださいということになります。

時として、売り手が表明保証の記載を嫌がるケースが見られます。表明保証は、重要な事実を表明していない場合、買い手はそれを知っていたならば、その金額で買うことはなかった、あるいは、減額して買っていたということにもなり、そのために一定期間を設けて、その期間に発生した未記載の事実に関連して生じた損害を売り手に補填を求めるということが行われます。この一定期間中どうなるかわからないという売り手側の心理的な要因を背景として、現状のまま条件をつけないで、買うのか買わないのか決めてほしいと要求してくるケースがみられます。もちろん、関与した買い手側の弁護士は、拒否することを進言します。しかし、買い手がどうしても欲しいということになると、買い手側の中で、表明保証をはずし、損害賠償を求めないというリスクが評価できず、買収契約の詰めの段階でドタバタすることもみられます。

● 割引率と利益計画
譲渡金額の交渉にあたり、売り手側の代理人が、想定よりかなり低い割引率で算定した高値の事業評価額を提示してくる場合があります。理由の一つが、金融の量的緩和を背景とした低い割引率の採用です。割引率は、国債等リスクフリー資産と言われる金融商品の金利にリスクプレミアムを上乗せして決定されますが、そのリスクフリーレートが異常(?)に低いために、採用される割引率も10%を大きく割りこむレートで示されてしまうことがあります。時価評価という面では、わからなくもありませんが、日本の国債が今の評価を保てるのかどうか、将来の事象でもありますので、悩むところです。

加えて、教科書的に永遠に利益が獲得できる前提の計算モデル(等比級数の和)を使用して、事業価値を算定している場合がよくみられます。本当に30年後、50年後、100年後も同じように利益がでるというシナリオを反映した評価計算でよいのでしょうか。もしかしたら、そのビジネス、10年後にはなくなっている? なんてことはありませんよね。

                                                                               以 上